ブログ内の別のディレクトリに置いた、[ホーム] が崩れてしまいました。
一つは、ルビ打ちのタグの閉じタグ忘れでした。
デザイン崩れは、今のところ原因を探しています。nnnnnn!
6時間後、治っていました。書き直すとダメに戻りました。
ブログ内の別のディレクトリに置いた、[ホーム] が崩れてしまいました。
一つは、ルビ打ちのタグの閉じタグ忘れでした。
デザイン崩れは、今のところ原因を探しています。nnnnnn!
6時間後、治っていました。書き直すとダメに戻りました。
新コロナ禍の3年余り、活動休止と再開後は、PC サークルも老人会も集まってくる人が半分にへり、主宰も世話も、本人が病持ちの高齢者となって、医者通いが日課となりました。
で、その負担から 100% 自由になる旨をみんなに知らせて、事後の対応はみんなに考えてもらう線... 情けないやら、口惜しいやらの感情、自己肯定感や、外からの評価もの感情を超越して、それでもわが孫が、元気をくれています。
この屑になっていたブログにもリンクを貼ってくださっていた方がいました。失礼をお詫びます。
そもそもタダ(無料)のブログページを触って、ホームページ風にしようとした不心得な「遊び」で、「捨てる」のにも心を痛めませんでした(~L~*)qゴメン!
重なる齢、既に「病持ちの後期高齢者」。生きた時代の影響で、言われなくとも SDGS --- 今だに 2011年発売の Windows 7 機を Windows 10 にした PC で投稿しています。直前まで、当にパソコンオタクのページ (と言っても1年以上も放置された) でしたが、「普通の」ブログを目指します。
大動脈溜持ちとなって手術待ちになっちゃいました。なんとまぁ、風邪が重症化したらしく、肺炎症状となり、それからの回復まで、手術の目途なく、今まで延々と数ヶ月の「まな板の上の鯉(恋ならまだしも)」をやっていま す。
どこから聞きつけたのか、昔からの友人、地域の人、孫が電話をくれるのが、元気を回復させてくれています。感激、感激...
その名の通り「残日録」(明るい1日を終えて日も暮れた=壮々を過ぎての老いが深まる齢) が相応しかろうと…。「ホームページ風」玄関ページは、この路線に適合するものに変えるまで、少しの手直しになっています。
旧い投稿から削除していく予定です。
“旧~い PC にWindows 10”のページで紹介した機種のうち、 Dell Latitude D630 に Windows 10 64bit 版のインストールを試してみました。
Fujitsu Lifebook AH55/DWC の Wondows 7 → Windows 10 へのアップグレードは、別の問題を抱えていました。結局、「初期状態」に。そしてもっと複雑に…
ノートンインターネットセキュリティが期限切れに
Windows 7 で有効だったノートンインターネットセキュリティが、アップグレード後に期限切れになっていました。(アップグレードに数週間かかっていたので、その間に期限切れになった???) ……ということで、これをアンインストールして、当面、宣伝通知が鬱陶しいものの AVAST などの無償対策ソフトでウィルスに対応し、ファイアウォールは Defender で対応しようということになりました。
アンインストールソフトが停止する
そこで、通常の方法で“アプリと機能”からアンインストールするとアンインストールの開始を通知するウィンドウが現われたあと、一歩も進まない状態になりました。2日放置したものの変化がありません。それで、強制終了して、起動しなおしました。
フォルダが開かない…Explorerの不都合が発生
ところが、Edge を起動して “ノートンインターネットセキュリティ アンインストール”で検索をかけ、ノートンサイトから NRnR.exeダウンロード、通常の“ダウンロード”フォルダの置きました。さて、実行するために、フォルダを開こうとすると開きません。他のフォルダも同様で Explorer が正常に動作しません。
アンインストールできた…が!!!!????
他のPCでダウンロードした NRnR.exe を Windows ではルートになるデスクトップに置いて実行してみました。アンインストールが始まりました。再起動すると、スタートメニューのうち“シャットダウン”が働きません(途中で停止するのでなく、反応しません。再起動はOK)。フォルダの開け閉めができるようにりましたが…
とにかく、でかい! 誉田御廟山
久々に古墳ブログを書きます。
10月30日~31日の2つ日間、AMIM氏、古書店氏の3人で、雪山古墳・安土瓢箪山古墳・神郷亀塚古墳・荒神山古墳の4つを巡りました。湖南~湖東の古墳は先ず、前方後方墳が湖岸平野部に築造され、4世紀にヤマト型の前方後円墳が造られ始めます。
京都宇治川の古墳群と似ていて、先行的に古い方墳系の墓式を擁する集団から距離を置いたところに、前方後円墳が現われます。旧い集団は勢力を維持しますが、それら両者とも距離のある場所にも前方後円墳墓式を擁する集団が現われ、ついには先行集団の勢力は衰えていきます。4世紀後半ころに墓式の斑な移行期的状況は、有力集団では完了してしまったようです。