2017年6月5日月曜日

5月25日、西国33ヶ寺巡り満願

とうとう西国33ヶ寺巡りを満願しました。またまた、古墳オジンのAMIM氏と

文字数少なく投稿しました。

信心が厚いわけでも、33ヶ寺にこだわったわけでもありません。しっぽりした落ち着きや趣きのある寺や社の風景は癒されます。近くに行く機会があれば足を伸ばすやり方で、第一番青岸渡寺が最後になりました。第33番、最後の満願寺は20数年前、しょっぱなは分からない京都のどれかの寺…

  1. 西名阪経由で松坂市の宝塚古墳を訪れました。りっぱな舟形埴輪の出た5世紀初めの前方後円墳で、山の頂きを平らに削ったタイプ。興味深かったのは埴輪で囲まれ、土橋で前方部につながれた大きな方形造り出しです。在地伝統を大きく残したのでしょう。次の代の首長墓の様子から、ヤマト王権に強く結びついていたのが希薄になったようです(私見)。この訪問はヒットでした。
     
    左側作り出しと前方部-右側後円部   作り出しの舟型埴輪

  1. 近くの「本居宣長の奥墓」に立ち寄りました。荒れ放題を高名な歴史学者(小林秀雄)から批判されて慌てふためいて立派な墓をこしらえ、また宣長の遺言に沿っていないとして批判されて改修したという墓を見ました。それでも結局、全く遺言に沿っていないままという感じ。
  2.  
    奥墓-遺言に沿うのは桜の木のみ  遺言の図

  1. 花窟神社。隆起した海蝕性の奇岩
    熊野灘沿いを新宮へ。花窟はなのいわや神社へ。AMIM氏が気になっていた神倉神社と間違って訪れたもの。
  1. 一挙に、勝浦まで。若者3人で切り盛りしている新しい民宿へ。土木工事に来ている人、インバウンド客と我々が客でしたが、「今は」漁師は来ないとのこと。漁港~駅前と商店街をブラブラしましたが、シャッターの降りた店も目立ち、にぎやかではありませんでした。

  1. 朝8寺出発で、青岸渡寺、熊野那智大社へ。それまで、曇りか小雨程度だったのが本降りに。そのせいで訪問者がかなり少なかったようです。それでも、自分たちと似た年齢のグループがお参りしていました。
  2.  
    雨中の青岸渡寺  雨中の熊野那智大社

    那智大滝
    帰りには「見納めかも知れんので、2回目でもみておこう」と大滝へ、ちょっと歩きました。
  1. 新宮速玉大社
    AMIM氏が神倉神社にこだわっていたので「納めかも」と神倉神社に向かいました。新宮にもどり、まず新宮速玉大社へ。
  2. そして、神倉神社へ。「危険なので、高齢者は鳥居から参拝を薦める」との注意書きがありましたが、「納めかも」と「超」急な石段を杖をついて上りました。雨に濡れていて、難儀しました。コトビキ岩からの眺望はなかなが見事でした。
  3.  
    坂道.見上げて撮っているのでもっと急  コトビキ岩。数人の外国人と合流
  1. 熊野本宮大社
    本宮大社へ。那智・速玉両大社が朱に塗られて派手派手なのに、本宮は落ち着いた大社でした。
  1. 葛城一言主神社
    熊野の山中に入ってしまったので、「納めかも」と谷瀬の吊り橋に立ち寄って、そのまま北へ。カーナビの示すまま走ったら二上山の東を北上していました。それで、葛城一言主神社へ。記紀やその後の歴史書物から、力のあった葛城氏の浮沈や神位の変動が推し量かれます。